長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:水について】
飲料水・生活用水の補給と保管
(新月:2009年05月03日掲載)
◇はじめに
 真水は航海における最も重要な搭載物の一つです。どうやってどのくらい積めばいいのか、行く先々で十分な補給は出来るのか、しっかりとした検討と下調べが必要です。積載量は乗員数、行程、そして船の大きさにしたがって決める事になります。搭載保管方法は人それぞれでしょう。恐らくあまり参考にはならないと思いますが、私のケースを紹介してみます。
◇積載量
 「新月」は40feetと言う艇長でショートハンドで使うには十分な大きさを持った船でした。また元々チャーター向に内装を設計されている事もあってウォータータンクの容量は大きめだったと思います。具体的には180リットルと170リットル、2系統で合計350リットルのタンク容量でした。航海を通じて平均一日2リットルの水を飲料用に消費していたので、タンクの清水全てを飲み水に使うと仮定した場合、シングルハンドで約半年分、ダブルハンドで約3か月分を積める計算になります。
 1ヶ月走った後に1ヶ月漂流しても未だ大丈夫と言うタンクを持っていたにもかかわらず、心配ばかりが先走った私はこの他に大量のペットボトルや更にはライフラフトの点検業者からもらった期限切れなるも未だ未だ使える非常用水をこれまた一月分ほど積んで船を重くしておりました。
◇消費量
 上にも書いた通り、船上生活における飲料水の消費量は航海中も投錨中もあまり変わらず、平均して一日に約2リットルでした。これは単純に飲むだけでなく、汁物の料理などとして摂取した分も含みます。またジュースを飲んだ場合などはその摂取量を水に置き換えての計算になります。停泊中はともかく、航海中は脱水症状が怖かったので水の摂取量は不足が無いように十分注意していました。また私は船酔いが酷かったのですが、水分不足は船酔いを増長するのでその意味でも水の摂取には気を使っていました。
◇飲み水と生活用水
 「新月」には合計で350リットルの清水タンクがあった事は既に書きましたが、これらの水は実際には飲み水としては使用しませんでした。船のタンクが2系統に別れていたのは、万が一1系統が汚染されてももう1系統の清潔を維持する為なのだと思います。しかしとにかく何もかもが初めてで全てが心配だった私はこのタンクもあまり信用せずに、もっぱら大量に積み込んだペットボトルの水を飲料水として使っていました。そしてタンクの水は洗い物や、停泊中はシャワーを使う等、もっぱら生活用水として使用していました。
 ちなみに航海中にシャワーを使う事は一度もありませんでした。タオルを水で濡らして身体を拭く程度が殆どでした。水を節約したいとの考えからではなく、船酔いをしたくなかったからです。ただし停泊中にシャワーを使った時の消費量(ちょっと油断すると一度に3、40リットルは使ってしまっていた)を考えると、やはり航海中はシャワーを使う事はお勧めできないと思います。
 熱帯地方を走っていると割と頻繁にスコールに出くわしますが、先人の航海記等を読むとよくスコールでシャワーを浴びるという話が書いてあります。水の節約になるのでとても良いアイデアなのですが、実際にやってみるととても寒いです。スコールは常に突風を伴っており雨も思った以上に冷たいので風邪を引かないように注意が必要です。
◇清水の補給
 水の補給は場所によっては頭痛の種です。マリーナや漁港が常にあるわけでは無いし、離島には当然水道もありません。また水道があってもその水が飲料に使えない国や地域も沢山存在します。このあたりの情報はクルージングガイドなどから事前に入手しておく事が肝要です。
 水の補給が可能でも船をそこまで持っていけない場合が多々あります。このようなケースに対応するために、清水用のポリタンクなどを積んでおくととても役に立ちます。アウトドア用品店などに行くと折りたためるタイプが手に入りますが、これは使わないときなど場所をとらないので重宝します。
 離島での清水補給とは殆どの場合、それは雨水を集める事です。住人が集めた貴重な雨水を快く分けてもらえる時もあります。とてもありがたいことです。そんな時は出来ればお返しがしたいですね。しかしこのような有り難いお水も普段の我々の生活で見慣れている水道水と比べるとまるで泥水のように濁っている事が殆どです。よほど胃腸が丈夫な人で無いとそのまま飲む事はお勧めできませんので、沸かして飲みましょう。飲料水用のフィルターを積んでいる船もあります。
 雨水といえば、ミクロネシアの主島ポンペイは降水量のとても多い島で、水には全く不自由しません。デッキにちょっとシートを張ってやれば簡単に溜める事ができます。大気汚染は皆無なのでとても綺麗で、そして本当に美味しい水を集める事ができます。私は空のペットボトルに大量に詰めてその後の航海中もずっと飲んでいましたが、このように降ってきた雨を直接自分で集める場合には当然ですが濁っている事は無くそのまま飲むことが出来ます。
◇汚染対策
 清水が汚染されて使えなくなると一大事なので、対策は必要なのだと思います。しかし実際のところ私は飲み水を全てペットボトルなどに入れて小分けにしていたので、これと言った対策は取っていませんでした。言い換えれば、小分けにすることが汚染対策でした。
 本来小分けにして積むのはあまり合理的ではないと思います。「新月」の場合清水タンクが2系統に別れていたので既にそれが一つに対策であったわけだし、積載量も十分だったので恐らくは不要の事だったでしょう。でも実際には小分けに持つのは結構使い勝手が良くて、気に入った保管方法でした。つい積みすぎてしまうのが問題ではありましたが。
 ちなみにペットボトルと言う物は船上生活においては本当に便利なツールで、飲み水の他に私はお米の保管にも使っていました。ちょっとした隙間があればしまえるので限られた収納スペースや不十分な容量の清水タンクしか持たない場合には助けになるのではないかと思います。
◇清水タンクのメインテナンス
 前項の汚染対策の一環ですが、清水タンクの定期的なメインテナンスも大事でしょう。カルキ等の消毒剤を入れたりお酢を入れたりと言う使用上の対策とは別に、定期的にタンクを開け内部を点検し、必要があれば洗浄する事になります。
 他艇の清水タンクを詳しく見た経験は無いのですが、「新月」に限って言えば清掃はとても困難です。汚染された事が無く、また航海中に清掃が必要なほど汚れた事も無かったので大掛かりな清掃を実施した事は無かったのですが、「新月」の清水タンクは点検口が小さく、また内部は船がヒール(傾斜)した時でも水が片側に因らない様複数の仕切りが設けられていたので、手を突っ込んでも隅まで掃除する事は出来なかったと思います。またタンクそのものを取外すのは船内のメインテーブルその他を全て外し、また船外に出すにはドックハウスを切らなくては無理なサイズだったので本格的な掃除が必要になったときの事を考えると気が重くなりました。 清掃を前提としたタンクの設計を、造船側にはお願いしたいところです。
◇造水器
 私は持っていませんでしたが、造水器を積んでいる船も少なくないように思います。
 造水器は海水から飲み水を抽出する道具ですね。高性能のフィルターで海水から塩分を取り除く事が出来るようです。実際に使ったことが無いのであくまで聞いた話しか書けませんが、全くの真水にはならないそうで、幾分しょっぱい水が出来るみたいです。また交換式のフィルターは高価だと利きます。電動式の大掛かりなタイプから、非常用の手動式まで色んなサイズがあるみたいです。
 非常用のタイプはいざと言う時の為に持っていると安心かも知れませんね。非常用水を沢山積むよりは省スペースと言う考え方もあります。私は逆に、フィルター1本買うお金でペットボトル入りの水が何十本も買えると言う考えでした。でもそれだけ船が重くなって足が鈍くなる事を考えれば、安全面から見て正しい選択だったかどうかちょっと疑問が無いわけでもありません。
◇ケースバイケース
 クルージングにおける殆どの事象に対する時と同様、水の運用に関しては状況に応じた臨機応変の対応が必要になります。国際航海中は基本的に補給は不可能なので、必要最低限の使用量で済むよう節約する事は当然ですが、何処かの国に入った後の洋上生活においても、その土地では簡単に水が補給できるのか、その地域の水道水は飲めるのか、雨は潤沢に降る土地柄なのか。そう言った諸条件に合わせて水の使い方を考えないと後々苦労する事になります。
 水は生命維持に欠かせないとても大事な積載物です。重要性をよく理解して工夫をすれば、自分のクルージングスタイルに合った運用方法が状況毎に自然と出来上がっていくと思います。
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド