長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:電気系統について】
電気機器と電力供給・充電システムについて
(新月:2008年02月16日掲載)
◇はじめに
 船舶にはその大小を問わず概ね電力供給・充電設備が装備されています。
 夜間航行においては灯火が必要であり、また現在ナビゲーションに不可欠なGPSや国際航海で搭載を義務付けられている無線機、安全対策に有効な気象FAX等、外洋航海に向けて整備されたボートも様々な電気装備を持ちます。泊地における日常生活にも電力は欠かせません。
 今回は、外洋航海の為に整備された小型艇の電気装備と充電システムについて考えてみたいと思います。
◇一般的な電気装備と消費電力の見積もり
 まず、外洋航海用のボートにはどのような電気製品が装備されているのか考えてみましょう。
 法定装備として先に上げた航海灯と船舶無線機(SSB無線機)。ナビゲーション関係でGPS。安全上重要な気象FAX。入港時等の連絡用にVHF無線機。自動操舵用にオートパイロット。揚錨用の電動ウインドラス。そして船内の照明やデッキライトと言った様な装備が一般的ではないでしょうか。また大きなヨットなら一つは電動ウインチが欲しいところです。
 これらの他に、冷蔵庫や冷凍庫。AVシステム。電子レンジや洗濯機まで装備している船もあります。船舶用の電気製品は基本的に直流電源で動作しますが、普段家庭で使っているような交流電源で動作する家電製品を持ち込んで使うために、直流から交流に変換するためのインバータを装備する船も少なくありません。
 これらの電気式装備が一日概ねどの程度電力を消費するかを把握することが、電気システムを構築する上でとても重要な作業になります。
 一時間毎の消費電力は、それぞれの電気機器に貼られたラベルやマニュアルなどに記載されています。その数字に機器の一日における平均使用時間を掛け、全ての機器分を合算すると一日における予想総消費電力が求められます。船に搭載するバッテリーの総容量は、この値をもとに検討されます。
 そしてこの数字がすなわち一日における必要発電量と言える為、どんな規模の発電機を取り付けるかを検討する際の目安になります。
◇バッテリーシステム
 ボートの電力はバッテリーから供給されますが、それでは一般的なバッテリーシステムとはどのように構成されているのでしょうか。
 筆者が見たり聞いたりした殆どの船に於いて、バッテリーはエンジン始動用のスタートバッテリーとそれ以外の電気装置用のサービスバッテリーの、二系統に分別(電気的に切り離されている)されていました。
 系統を分ける理由は、航海用や生活用の電気機器をうっかり使い過ぎて必要以上に電力を消費してしまい、電圧低下によりエンジンがスタートできないと言う事態を避けるためです。スタートバッテリが生きていればエンジンを始動して電圧低下を起こしたサービスバッテリを再充電することも可能(一度上げてしまったバッテリーは再充電しても本来のパフォーマンスを取り戻すことは難しいですが、それでも一発で完全に役立たずになってしまう事はあまりありません)だし、もし逆に何某かの不注意やトラブルでスタートバッテリーをあげてしまっても、サービス側が正常なら接続しなおすなどしてエンジンのスタートは可能だからです。
 もしバッテリーが一つしかなかったり、複数あっても一つの系統しか持たない(電気的に接続されている)状態で上げてしまった場合、全てのバッテリーがまとめて電圧低下を起こし、多くの電気機器は使用不能になってしまいます。何より、手動の始動装置が無い限りエンジンをかける事は出来なくなってしまいます。携帯電話の電波の届く沿岸ならともかく、外洋に於いてエンジンがかからなくなると、航海はややサバイバルの様相を呈してきます(モーターボートの場合は完全なサバイバル)ので、この様な事が起きる可能性を出来る限り排除する為に、バッテリーは独立した二系統以上に分けるべきでしょう。
 これら複数の系統に分けられた各々のバッテリーに、各種発電機によって作られた電気が充電されます。また発電機とバッテリーの中段には過充電や逆流を防止するためのチャージコントローラが置かれ、これらが接続されてバッテリーシステムを構成します。
◇発電機の種類
 さて、前項に少し触れましたが、エンジンを回す事によりオルタネータが動作して、バッテリーを充電することが出来ます。ただしヨットの場合風さえあれば航行の為にエンジンを回す必要は無く、いざと言う時の為に燃料の消費を最低限に抑えたいと言う考えから、はたまた単に面倒であったり音がうるさいと言う理由から、エンジン以外の充電機能を装備している船は少なくありません。
 それではエンジン以外の充電システムにはどの様な物があるのでしょう。
 一番一般的で多くの船に見られたのは太陽発電システムです。ソーラーパネルは軽量で取付位置の自由度が比較的高い事、無音である事、基本的にメンテナンスフリーである事等から、広く使われているように思います。
 次に目にするのは、風力発電機です。ウインドジェネレータは発電力が大きいと言う利点がありますが、設置場所が限られ、またマウントをかなり頑丈にこしらえる必要があり、結構な騒音を発する製品が多い事から、思った程には採用されていないように思います。
 他に、曳航式の水力発電機と言う物もありますが、あまり一般的ではないようです。
 これらの発電システムに共通しているのは、発電に燃料を必要としないところです。補給の出来ない外洋において、この特性は非常に有意義です。
 一方、航行用のエンジンとは別にエンジン式の発電機を搭載している船もあります。当然燃料を使うので発電機本体以外に燃料タンク用のスペースも必要で、音もうるさいので防音隔壁で居住区と隔てられた設置が望ましく、ショートハンドの船で積んでいるケースはあまり見かけませんでした。
◇オルタネータ
 それでは、各々の充電システムの特徴を少し詳しく紹介してみましょう。
 まずエンジン使用時のオルタネータによる発電システムですが、何時でも必要な時に充電出来るのが最大の利点です。また発電量も他の発電システムに比べて大きく、安定しています。ただし燃料を消費しますから、航海中に残量が心配な時など、充電の為だけにエンジンを回すのはためらわれます。また当然ガス欠やエンジントラブル時には一切充電出来ません。他に気になる点と言えば、筆者は騒音と振動が不快でした。快適なセーリング中や、静かな泊地にいる時など、出来れば回したくないと感じながら何時もエンジンをかけていました。エンジンのスイッチやスロットルレバーのあるコクピットへのアクセスが不便な船だと、時化ている時など不安がある場合もあります。
 太陽光、風力、水力といった自然の力を利用する発電機は天候等諸条件によっては一切発電できなくなってしまうのに比べ、燃料さえあれば何時でも安定した発電が可能な事が、エンジンとオルタネータによる発電の最大の長所です。
◇太陽発電機
 ソーラーパネルは高価であると言う点を除けば、便利な充電装置です。軽量なので比較的簡単な台座を作るだけで設置可能で、取付位置の自由度もそれなりに高いと言えます。一度取り付けてしまえば基本的にメンテナンスフリーなのも有り難いです。
 フレキシブルなタイプもあり、こちらは更に高価になりますが、曲面への設置可能でマウントを必要とせず取付場所を選びません。
 こうしてみるとソーラーパネルは良いところばかりの理想的な発電装置のようですが、根本的に発電力が弱く天候や時間帯によって発電量が更に減少するという基本特性があるため、万能とは言えないのが残念です。メーカー発表の発電力は晴れた日の太陽光が直角ないしはそれに近い角度で照らした場合の数値なので、カタログ値通りの発電量を得られるのは晴れた日の、正午を挟んだ数時間だけになります。
 また高緯度の海域をクルージングする場合は、太陽正中時の地表に対する角度が低緯度帯に比べて低くなる為、正午前後の時間帯における発電量であってもカタログ値に比べて低くなると言う事を理解しておく必要があるでしょう。
 何れにせよ、実用に十分な発電量を得ようとするならばソーラーパネルの数を増やすしかなく、予算上の制約や、船上スペースの問題で限界があります。
◇風力発電機
 ウインドジェネレータは風力にもよりますが、相対的に発電力は強いと言えます。但しブレードが回転するその構造上、人の背の届かない高さに設置する必要があり、また回転し振れ回る本体を支える為に、かなり頑丈な支柱を建てねばなりません。ヨットの場合はセールやシートに干渉しない様、一本マストの船だと設置場所は殆どが船尾になります。
 最近では静音設計を詠った製品もあるようですが、基本的にウインドジェネレータはうるさい音をたて、決して弱くない振動を船に伝えます。セーリング中はその音の為に、実際よりも強い風が吹いていると錯覚し、不必要に不安な気持ちをかき立てられる事もあります。また泊地においてはやはりその音の為に他艇にクレームをつけられる事もあるそうで、他の艇よりも一番風下(通常、岸から一番遠く、波が入るなど条件が悪い)に錨を打つ等、気を使ったと言う話を聞く事もあります。こう言った面倒を避けるため、機種によっては任意にブレードの回転を止めることのできるブレーキ機能を持つものもあります。
 この様にちょっと面倒な気もするウインドジェネレータですが、条件が整えばエンジンを回さないでも船で必要なだけの電力を発電することが出来るので、発電機としての実用性は高いと言えるでしょう。
◇水力発電機
 曳航式の水力発電機に関しては、残念ながら使っている船から話を聞いた事は一度しかありません。またメーカ名も聞いておらず製品ごとの比較情報も持ちませんが、その時の話によると5、6ノットで航行中に曳いてやれば一日に必要なだけの電力は十分得られるという話でした。ちなみにその船は40feet程のヨットでしたが、どのような電気装置を装備していたかは未確認です。
 一般論として言えば、船から曳くので抵抗物になり若干艇速が落ちる原因になります。また当然泊地では使い物になりません。ただ風力発電機同様ソーラーパネルに比べて発電力が大きいので、実用性はあると思います。多分音も気にならないのではないでしょうか。
◇各発電機の採用に関する考察
 オルタネータは何時でも好きなときに発電できるが、燃料が要る。ソーラーパネルは静かだが発電量が不十分だし、夜間や朝方、夕方には発電しない。風力発電は逆には騒がしいが発電力は大きい。ただし風が無いと使い物にならない。曳航式発電機は発電力は大きいし音も気にならないが泊地では使えない。
 上述したように、エンジンを利用したオルタネータにはオルタネータの、ソーラーパネルやウインドジェネレータにはまた各々の長所や短所があります。これらの長所や短所は互いに相反するものが多く、言い換えれば互いを補い合う性格を持っています。したがってどのタイプの発電機が一番優れているかを判断し一つを採用すると言うのではなく、予算の許す範囲内で様々な種類の発電機を搭載すると言う考えの方が、そつの無い発電システムの構築を実現できるのではないかと思います。
◇チャージコントローラ
 さて、今までバッテリーとその充電装置について書いてきましたが、次はそれらを接続し運用する為の注意点を考えてみましょう。
 太陽光や風力を利用した発電機をバッテリーに接続する際にまず気をつけねばならないのは、過充電です。これらの発電機は放っておいても条件さえ整えば常に充電をし続けます。一方バッテリーは適正電圧を超えて充電され続けると発熱して性能を損ない、発火・破裂する危険があります。そこで、発電機とバッテリーの間に、チャージをコントロールする仕掛けを組み込む必要があります。チャージコントローラはバッテリーの電圧を計り、一定の電圧に達したらリレー等でそれ以上の入力を遮断する働きをします。
 また、チャージコントローラを購入する際は逆流防止機能の付いた製品を選ぶか、自作で逆流防止装置を作り配置して、バッテリーから電気がチャージ側に逆流しないようにしましょう。バッテリーが複数接続されると、電圧の高い方から低い方へ電気が流れて電圧は平均化します。もし片方のバッテリーが劣化し適正以下の電圧に低下していた場合、スイッチなどで電気的に切り離したつもりの優良なバッテリーが、ソーラーパネルからの充電系統を経由して接続されてしまい、電力を吸われて劣化する事があります。これを防ぐために、充電系統には逆流防止機能の設置が必要です。
◇トラブルに対する心構え
 電気製品はとても便利です。航海灯やGPS、無縁機、気象FAXなど安全航海に関わるものから、泊地で快適に過ごすための家電製品など、現在の航海に欠かせない様々な電気機器が船に搭載されています。
 しかしバッテリー本体や発電機、チャージコントローラも含めて、このような電気製品は水気や潮気に弱いので、どうしても航海を重ねていけば次第に壊れていきます。日頃のメンテナンスや定期的な保守作業を欠かさなかったとしても、一つ一つの電気装備、製品が壊れてしまうのはある意味避けられない事と言えます。壊れるのを前提に、補修部品や、ものによっては製品そのもののスペアを積んでおく事も必要です。
 このように不可避的な問題とは別に、使用上の不注意やメンテナンスを怠ったことにより起きるトラブルもあります。場合によってはエンジンやバッテリーの故障によって全ての電気装置が使用不能になるケースもあります。こうなってしまうとGPSや無線機が使用不能になり、エンジンの始動も出来なくなって一大事です。ヨットはセールがあるので自力で泊地迄辿り着く余地は十分にあり、バッテリートラブル即遭難とはなりませんが、しかしシビアな状況に追い込まれる事は確実です。自艇の正確な位置や気象情報は得られず、セールだけの航行になるため風向きや風速、海況によっては予定行程を倍以上オーバーし、更に無線が通じなくなったことにより家族から捜索願を出されるケースもあります。
 こう言った事態に陥ることを出来るだけ避けるためにも、自艇の電気系統の仕組みや役割、重要性に対する理解を深め、日頃から必要なメンテナンスや対策をとる事で、安全で快適な航海を実現しましょう。
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド