長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:自動操舵装置について】
ウインドベーンとオートパイロット、それぞれの長所と短所
(新月:2007年08月08日掲載)
◇はじめに
 ヨットで外国まで行ったと言うと、どんなにか操船が上手くなっただろうと思われがちですが、実際には航海中自ら舵をとることは殆どありません。入出港、他船の避航時、沿岸航行時位ではないでしょうか。それ以外の、恐らく全航程の9割以上は、自動操舵装置が操船していると思われます。自動操舵装置は、殆どの長距離航海艇の人員構成であるところの、ショートハンドクルージング(一人、または二、三人での少人数航海)には、正に欠かすことの出来ない装備と言って良いと思います。
 自動操舵は機械式と電気式に大きく分ける事が出来、機械式はウインドベーン、電気式はオートパイロットと、各々呼ばれています。どちらか一つでも大丈夫ですが、両方とも持っているとシチュエーションに応じて使い分けられ便利です。
 それではウインドベーン、オートパイロット各々の長所短所と、それに応じた使い分けについて紹介してみましょう。
◇ウインドベーン
 ウインドベーンの最も大きな特徴は、風力で動作する「機械式装置」である事です。動作に電力を必要とせず、最大の長所と言えます。しかし逆に風が無いと動作しません。無風や微風で使えませんので最大の短所であるとも言えます。もう一つの大きな特徴は、風向きに対して一定の進路を保つ事で、やはり大きな長所となる場合もあれば、短所となる場合もあります。
 機械式である事に他にどのような長所があるかと言うと、電気トラブルの心配が無い事が一番にあげられます。また修理も自力で可能な場合が多いようです。これは航海途中に洋上で不具合が起きた場合、解決できる可能性が電気式に比べて高いことを意味し、大きなメリットと言えるでしょう。もし海上で直せなくても、パーツの交換で修理できることが殆どです。
 風向きに対して進路を保つ、と言う表現は分かりにくいかもしれませんが、以下に簡単に説明します。角度は色々設定できますが、例えば風を右舷から90度の角度で受けて走るようにセットした場合、真西の風なら船は真南に走ります。この西風が南西に振れた場合、ウインドベーンは船が南東に向くよう自動的に舵を切ってくれるのです。逆に北西に振れれば、舵を南西に舵を切ります。これは風位に対してセールを適正にセットしてしまえば、外洋においては眠ってしまってもトリムを気にせずに済む事を意味します。しかし風向の変化によって進路が変わってしまうため目的地から船が逸れたり、沿岸においては危険や障害に向かうような舵取りをウインドベーンが勝手にしてしまうケースが考えられます。沿岸部では一般的に風の振れが頻繁で振れ角も大きい為、ウインドベーンの使用に適しておらず使用頻度は低いのですが、もし使う場合にはこの件に関して注意が必要です。外洋において近くに障害がある場合ももちろんの事です。
 また、主に真横からそれより後ろ方向からの風を受けて走っている場合、風の強さに比べて波やうねりが高すぎても上手く働かない場合があります。特に真後ろの風に対しては、船のバランスにも因るのかも知れませんが、「新月」においてはほぼ動作不能でした。
◇オートパイロット
 オートパイロットはウインドベーンが「機械式操舵装置」であるのに対し、電力で動作する「電気式操舵装置」です。その最大の特徴は、コンパスコースに対する保進性の良さで、使い方によって最大の長所となります。しかし風が振れてセールに裏風が入ってもそのまま走り続けるので、場合によってはセールやリグにダメージを与える短所となり得ます。
 もう一つの目立った特徴は、電気を動力に働くのでウインドベーンと違って微風や無風下の機走時にも動作します。しかしハイパワーのモデルは消費電力が大きいので、充分なバッテリー容量とそれに見合った充電システムを持たない場合、帆走下であってもエンジンを回す必要があります。
 また、電気装置である故、バッテリーのトラブルや配線上のトラブル、装置そのもののトラブルでも使用できなくなってしまう事があり、航海途中、つまり洋上での修理は非常に困難です。陸についても修理が出来ず、本体ごと新しく買い換えねばならない場合も多々あるようです。これは特にデッキ上に取り付ける小電力タイプに良く見られるケースです。したがって取り付け時や使用時の水気や湿気対策は十分気を使う必要があります。しかし海水と接する機会の非常に多い小型ボートにおける電気製品のトラブルは不可避で宿命的なもので、万全にしていても何れは壊れるものと予め覚悟している人は少なくないようです。
◇相反する長所と短所、そして使い分け
 ウインドベーンとオートパイロットは、共に自動操舵と言う同目的の装備ですが互いに相反する長短所を持ち合わせており、先にも例に挙げた通り沿岸部と外洋と言うロケーションや、機走時と帆走時と言うコンディションに応じて互いの弱点を補完し合うので、両方持っていると殆どの状況に対応出来てとても助かります。
 筆者はアリエスのウインドベーンと、レイマリンのST-2000と言うローパワーのオートパイロットを搭載していました。ウインドベーンは外洋専門。オートパイロットはセールの上げ下ろし時に船を上に立てる(風上に船を向けること)時や沿岸部の航行において、外洋で使う場合は微風、無風時に機走でか、波風共に穏やかな状況下で真上り(向かい風に対し性能一杯まで上らせて走る状態。一般的にヨットは風に対し45度前後まで上らせることが出来る)に走らせたい時や真ラン(真後ろから風を受けて走る状態)の時等に使いました。ちなみに小パワーのST-2000を選んだ理由は予算的なものです。
◇どちらか一つを選ぶなら?
 ウインドベーンとオートパイロットどちらか一方しか選べないとしたら、筆者ならウインドベーンを選びます。理由は電力を必要としない事、修理がオートパイロットに比べれば容易である事が挙げられます。
 オートパイロットを選ぶなら、外洋の風波に負けず舵が切れるだけのパワーを持った油圧式の物が良いでしょう。オートパイロットはそれ自体の他にバッテリーや充電系統、燃料消費量等に気を使う必要がありますが、ウインドベーンと比べてどちらが汎用性が高いかと言えば文句無しにオートパイロットでしょう。
 どちらか一つ選ぶとして合理性から考えればオートパイロットだと自分でも思います。それでも筆者がウインドベーンを好むのは、その仕組みや動作の感動的なまでの見事さ、風や水と言った自然の力を利用すると言う、ヨットそのものに感じるのと同様の楽しさ、不思議さを持っているからです。自艇のウインドベーンに名前をつけている人が多いのも、理解できる気がします。
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド