長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:出航前準備について】
外洋航海前の出航準備
(新月:2007年01月20日掲載)
◇はじめに
 一言に出港前と言っても色々なシチュエーションがあります。ディクルーズに出掛ける場合、オーバーナイト、そして国から国へと時には一月以上に及ぶ外洋航海への出発、更には母港を出る前の一番初めの出港前準備。今回は、特に一週間以上の国際航海に望む場合を想定して、出港前準備について書いてみたいと思います。なぜ一週間以上を想定しているかと言うと、天気がどう変わるかが予想出来ない、場合によっては時化に遭う事も計算に入れた上での準備について考えてみると言う主旨からです。
◇情報の入手から
 航海の準備を何から始めるかは人各々ですが、大前提として行き先の情報を最低限持っていなければなりません。では最低限の情報とは何かと言うと、入港、入国するための条件と、それから海図だと私は考えます。入港、入国するための条件は大きく法的なものと物理的なものとに分けることが出来るでしょう。法的な情報とは例えばビザや、その他某かの許可を必要とされるか否か、物理的な情報とは例えば入港予定の港やその進入路は干潮時に十分な水深を持っているか、強い潮流は無いかと言った事です。海図に関しては、入港予定の港や、場合によっては入港する可能性のある港に関して、最も詳しい入港用の海図が必要でしょう。
◇事務手続き
 ついでに出港、出国時に於ける事務手続きについて簡単に紹介しておくと、人間が出国するための出国審査ならびに必要書類記入、提出。船を海外に持ち出す為の税関手続き(クリアランスの取得)と言った事が挙げられます。 出港に必要な事務手続きは国によって若干相違があるものの、基本的には出港前日か当日に行われるので、船の整備や買い出しと言った事はその前迄に終わらせておく必要があります。
◇出航前準備項目
 出港前準備の手順や内容は一つ一つの船によって少しずつ違うと思いますが、基本的な事は変わらない筈なので私のやり方を紹介してみたいと思います。
 まず出港前準備に必要な項目を箇条書きにしてみましょう。
 ・食料買出し
 ・給水
 ・給油
 ・LPG補給
 ・船底掃除
 ・船外整備およびラッシング
 ・船内整頓
 ・エンジン点検
 ・ルート作成
 ざっと以上のようになります。ちなみにこの順番の通りに準備をするということでは全くありません。
 以下項目別にやや詳しく説明してみましょう。
◇食料買出し
 食料の買い出しは航海予定日数に応じて用意する内容や量を決めてから購入を始めます。リストを作るべきでしょう。私の場合順調にいって一週間の行程を走る場合、大体三倍の日程分の食料を用意していました。何故三倍かと言う科学的な根拠は無く、まあエンジンもある事だし真向かいから風が吹いたとしても最長三倍位の日程で着くだろうと、その程度の見積もりでした。ちなみに普段船には通常米が一月分は常備してあったので、この分も気持ちに余裕をもたらしました。更にそれとはまた別に非常食が一月分以上積んであったので、三週間分の食料と米が無くなってもなお飢え死にする心配はありませんでした。
◇給水
 飲料水は一人につき一日二リットル計算で食料同様予想日程の三倍日数分を積みました。そのうち一割から二割はフルーツジュースを充てていましたが、これは水分と同時にビタミンや糖分も補給できるからで、小分けにした紙パックの物があると便利でした。飲料水は私の場合航海中はペットボトルの空き容器に飲料可能な水を積めるか、それが手に入らない場合はミネラルウォーターを買っていました。航海時に必要な水や食料は大量なので、行程によってはかなり前から少しずつ買い溜めを進めるようにしていました。リストはこのように副数日に分けて買い物をする際に有効でした。
◇給油
 給油は場所場所の条件によって段取りが変わり、一番楽なのは泊地内や近くに船を直接付けられる給油所がある場合で、メインタンクにも予備タンクやポリ缶にも容易に短時間で給油出来ます。給油バースが無い場所ではポリ缶等で買った油をディンギーで船まで運び、それをまた船の燃料タンクに移し換えなければならないので、途端に大変手間と時間のかかる作業になってしまいます。ガソリンスタンドが岸から離れていれば、スタンドからディンギーまで運ぶのもこれまた一苦労です。給油環境がどうなっているか予め確認しておいて、手間がかかることが分かっていれば早い段階から始めるようにしましょう。
◇LPG補給
 出港前に限らずクルージング生活にプロパンガスは欠かせません。国や場所によっては補給が難しかったり出来なかったりします。これも予め難易度を知っておいて、場合によってはかなり早めに手配をする必要があります。後回しにするのは避けましょう。
◇船底掃除
 船底の掃除はクルージング生活において割と日常的な仕事であるべきですが、実際にはついついサボり勝ちになってしまいます。しかし例え普段はサボっていても出港前には必ず実行しましょう。船足が落ちると言う事は、海上でもし低気圧や前線に後から追いかけられるような状況になった場合の回避速度が鈍るなど、場合によっては直接安全に悪影響を及ぼします。船が本来持つパフォーマンスは変えられなくとも、それを更に引き下げるような要因を放置すべきではありません(と、航海中に出来た友人にくどいほど教えられました)。
◇船外整備およびラッシング
 セール、スタンディングリギン、ファーラー、ラダーやウインドベーン、オートパイロットやウインチ等の船外装備の点検と、デッキ上に搭載物がある場合はそのラッシング(固縛)も大事な仕事です。
 スタンディングリギンに関しては、私は一航海が終わったらマストに登ってのチェックを含めて一通りの箇所のターミナルを目視点検すべきだと考えていました。早めに点検すれば何か問題が見つかった場合に部品の手配を含めて対応するのに時間的な余裕を持てるからです。しかし実際はチェックは何時も出港前の準備に入ってから実行していました。結果的に異常が見つかった事は無く、問題も起きませんでしたが、リギントラブルの対処法は殆どが部品交換になるので、もしパーツが直ぐに手に入らなければ出港スケジュールを大幅に変更しなければならなくなったり、ビザの期限が迫っていると更に面倒な事になるので、やはり早めに点検すべきだったと思います。ちなみに「新月」のリギンはロッドだったので素人の私がチェック出来たのはターミナル部を構成するパーツに目で見て判るようなクラックがあるかどうかと言う程度の事で、これに実際どの位の効力があったのかは分かりません。自分は半分儀式かおまじないのつもりでやってました。
 ウインドベーンは取り付け部が緩んでいないか、各パーツにガタがきていないかしっかり確認しましょう。まだ何日も行程を残した海の真ん中でで自動操舵が効かなくなる事を思うと、とても憂鬱な気持ちになりますね。オートパイロットも同様によくチェックしましょう。
 その他のデッキ上装備の点検も基本的には出港が迫ってからでは無く早い時期に実行した方が問題の対処に有利ですが、最低限出港前準備の時にチェックすべきでしょう。ファーラーはちゃんと機能するか、シートやハリヤードは痛んでいないか、ラットやティラーの構成部品に異常は無いか、リストを作って項目を一つ一つ潰していきましょう。
 セールは船のメインエンジンです。痛んだ箇所はしっかり補修しましょう。私の場合はスライダーを縫いつけているテープシートが切れてしまうトラブルが何度か続けてあり、荒れた海上でデッキ上にてセールを下ろしてそれを縫い直すのは、船酔いの酷い私にはとても辛い作業だったので、よく切れるピーク近くの箇所はあまり痛んでいなくても毎回縫い直していました。
 デッキ上にディンギーその他搭載物を置く場合は、例え波に洗われても持っていかれない様に、厳重に固縛しなければなりません。しかしここで一つ注意が必要な事は、フィッティングの取り付けが甘いとフィッティングごと、酷い時にはデッキの一部ごとむしり取られたと言う話もあるそうなので、何処に縛り付けるかをよく考えて頑丈な場所を選ぶようにしましょう。
◇船内整頓
 船内の搭載物も、ヒールしたりジャンプした時に転がったり崩れたりしない様に、整理して積み込まなければなりません。場合によっては縛り付けておく必要がある物もあります。また波を被った時などに水の入ってくる船は、塗れたら困る積荷の置き場所をよく考えたり、水が入っても濡れないように袋に入れるなどの対策が必要です。
 航海中の使用頻度や緊急時の重要性から、何を取り出しやすい場所に仕舞い何を奥に仕舞うかも考えるべきでしょう。緊急時に持ち出さなければならないものをバックパックに詰めて用意している船もあるようです。
◇エンジン点検
 エンジンのチェックも大事です。船によってチェック項目は異なると思いますが、機械にあまり強くない私は世間一般で言われているような事しかやっていませんでした。それは、オイルチェック、燃料フィルターチェック、オルタネータを回すVベルトの弛みチェック、冷却水の残量チェック、冷却海水吸入口のフィルターチェック、バッテリー液の残量チェック等です。
◇ルート確認
 ルートの確認は非常に重要です。予定航路上やその周辺に避けなければならないハザード(障害)は無いか確実に確認し、あれば緯度経度を控えるなり、GPSにウェイポイントを入力しておきましょう。途中に緊急入港出来そうな場所や、行き先を変更して入れそうな港があればそれらの情報も入手、確認しておきましょう。そしてそれらの情報は、いざと言う時には直ぐに見られる、取り出せる状態にしておきましょう。
◇早い段階からの準備
 出港前準備についてざっと説明してみましたが、こうしてまとめてみると殆どの作業は特に出港が迫ってからやらねばならぬものでは無く、入港後何時でも手を付けられる事ばかりです。保存食以外の食材は買い置きが効かず、出国手続きの関係も間際でないと出来ません。酒類等の免税品購入や免税での給油も同様に出港前日や当日にならないと出来ない事が殆どです。出来る事は早いうちに済ませておくと、出港前に慌てずに済みます。面倒なので何時も間際にならないとなかなか手を着けなかった私が、偉そうに書くのは如何なものかとは思いますが・・・
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド