長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:食事について】
外洋航海と食事
(新月:2006年9月29日掲載)
◇レトルト食品の恩恵
 クルージング中の食生活、特に外洋を走る最中での食事について書いてみます。別の話にも書きましたが、筆者は船酔いが人一倍酷いので、余り航海中は料理をしません。実際日本を出港する前の段階では、走っている最中での料理や調理は一切考えていませんでした。すなわち、食事の全てを保存食で済まそうと言う発想です。さすがに火は使わないわけにはいかないので、温めれば食べられる物と言うことで、レトルト食品やカップ麺の類が主な食料として積み込まれました。更に、全く火が使えない状況を想定して、ゼリー飲料や固形食品をかなりの量用意しました。
 海外まで辿り着いて分かったことですが、これら保存食の品揃えは、日本は本当に充実しています。と言うか、レトルト食品やパックのご飯等は、海外では入手不可能と考えた方が良いでしょう。クルージング全行程分のレトルト食品を積んで出かける分けにもいかないので、当然日本で買い込んだ物は途中で底を尽くわけですが、筆者はその時点でもまだ走っている船内での料理が出来ず、品物代の十倍近い送料を払って、日本からレトルト食品を取り寄せていました。馬鹿らしいと言う人も多いかと思いますが、この時期の私にはレトルト食品は必需品でした。
◇冷蔵庫は不使用
 レトルトの話はこれくらいにして、次は普通の食材について書きます。「新月」には冷蔵庫が搭載されていましたが、バッテリーの容量が不十分だった為に普段は使用しませんでした。トローリングで魚が釣れた時などにだけ、エンジンを回しながら使用しましたがこれは余談。
 冷蔵庫が使えないと、食料の保存に気を使わねばなりません。したがってなるべく長持ちする類の食材を選ぶ一方で、それを長持ちさせる保存方法も試すと言う、二段構えの作戦で航海に臨む事になります。この後で述べる事柄に関しては、基本的に冷蔵庫を持たないことを前提として話を進めますので、その旨ご了承ください。
◇長持ちする食材
 ここでエラそうに書かなくても、おじいさんおばあさんの世代であれば常温で長持ちする食物の知識を豊富に持っているのでしょうが、残念ながら筆者は余りものを知らない性質でしたので、以下の知識も航海中に体験的に得たものです。
 野菜は玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ等がわりと何処でも手に入りやすく長持ちしました。基本的に葉物はあっという間に悪くなりました。野菜以外では玉子が、常温でも思いの外長持ちする事を知りました。そしてもちろんお米は保存食の王様です。肉は常温保存は無理だろうと外洋を走る際には積みませんでしたが、外国艇の中には真空パックしたものをビルジに入れておくと数週間は大丈夫だと教えてくれる人もいました。我々日本人にとって米が何よりも大切なように、欧米人にとって肉は欠かすことの出来ない食材のようで、色々と保存方法を考えるみたいです。
◇食材を長持ちさせる保存方法
 次に、食料の保存方法について紹介してみます。玉ねぎやジャガイモ、ニンジン等は、ネットに入れて吊ったりカゴに入れておくのが一般的なようです。ヨットの中は余り風通しが良くありませんが、それでも通気性が大事なのかも知れません。キャベツは新聞紙で包んでおくととても長持ちします。果物はジャガイモとかと同様、カゴに入れたりネットで吊ったりします。この時果物同士をなるべく縦に重ねて置かないように気を付けましょう。自重と船の動揺による摩擦で痛みやすくなります。お米はペットボトルに入れて小分けにしておくと、使い勝手が良かったです。ただ米に関しては水に濡らさない限り、特に保存方法に気を使わなくても十分長持ちします。
 玉子は常温で数週間保ちますが、冷蔵庫で冷やしたり、常温に戻したりを繰り返してはいけないそうです。また、ヒビの入ったモノは食べない方が良いでしょう。そしてやはり必ず火を通す方が無難かと思います。
 肉は先にも書いた通り、真空パックにしてビルジ溜まりに入れておくと長持ちするそうです。私は一度そのようにして数週間常温保存されていた肉のステーキをご馳走になりましたが、特に問題無かったようで腹痛も起こしませんでした。しかしちょっと怖くて自分ではこの方法で肉を保存した事はありません。ちなみにこの保存方法は冷蔵庫と併用すると更に威力を発揮し、一月以上は平気で保つそうです。
◇天候と料理
 航海中は天候とそれに伴う体調の良し悪しによって料理が出来たり出来なかったりします。具体例を4つのコンディションに分けて紹介してみましょう。ただし船酔いに酷く弱い私の場合に関してなので、普通に船酔いする人や、船酔いしない人にはあまり参考にならないと思います。
 まず、アンカレッジにいる時と同様普通に料理が可能なのがコンディション1で、凪いで海面が真っ平らな時や、多少は波風があっても出港してからある程度日数が経って身体が慣れている場合が該当します。普段通りの食事が出来て幸せな反面、船は思うように進みません。
 野菜や果物の皮を剥いたり刻んだりと、簡単な調理が可能なのはコンディション2。多少波が高くても出港後ある程度日数が経ち身体が慣れている場合が該当します。凝った物は出来ませんがスープ等が作れて栄養を補給した気分になります。
 火は使えるけど包丁は一切使えない状態がコンディション3。出港後間も無い頃や、体調の悪い時などが該当します。いよいよレトルト食品が威力を発揮するときです。気持ち悪くても、体力を維持するために食べねばなりません。
 最後が火さえも使えないコンディション4。時化てしまったり、船酔いが酷い時が該当します。固形食品、ゼリー飲料、缶詰等、それなりに選択肢がありますが、やはりわびしい食事になります。
 私の場合程極端でなくとも、航海中の食生活は概ね天候と出港してからの経過日数と言う二つの要因に左右されます。前者は料理と言う行為がどの程度行えるかに影響し、後者は使える、あるいは残っている食材を決定します。
◇「食生活」を楽しむ
 私が冷蔵庫を使っていなかった事は先にも書きましたが、もし使えれば食事情は格段に向上したでしょう。走っている最中は特にする事も無いので、食事が唯一の楽しみと言う人もいます。そう言う人にとって冷蔵庫は必需品でしょうし、冷凍庫を別に設けたいとも考えるでしょう。しかし実際には無くても何とかなるもので、不自由な中で工夫しながらやりくりするのも考えようによってはクルージングの楽しみの一つであるかも知れません。
 新鮮な食材が不足してくる航海後半は、トローリングで釣れる魚が何よりのご馳走です。捌くときに私は例によって船酔いしますが、それでも変化の無い日常に突如おとずれる心踊る瞬間です。冷蔵庫が無い場合は醤油漬けにしてから干しておけば翌日くらい迄食べられますが、ずるずると未練を残しても後で後悔することになるので、余った分はケチケチせずに棄てるべきです。
 長い距離を走る時など単調になり勝ちな食生活です。特にシングルハンドだとつい安易に済ませたくなるものですが、航海中に体調を崩すと非常に辛い思いをすることになりますので、三度の食事は出来るだけ欠かさず摂るように心掛けるべきでしょう。各種ビタミン剤等を適宜摂取するのも、悪くないアイデアかも知れません。
 航海中は体調や気分が天候によって大きく左右されます。そんな中で、その時々の状況に応じた食事の楽しみ方を身につけられると、クルージングそのものも充実したものになるでしょう。
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド