長距離航海者の広場
エッセイ
【テーマ:ディンギーについて】
足船としてのディンギーを考える(新月)
◇ディンギーとは
 初めにお断りしておきますが、ここに言う「ディンギー」とは上陸用などに使用する、日本では一般的に「テンダー」と呼ばれている小型ボートの事です。国内ではディンギーと言うとバラストキールの無い小型のセールボートを指すのが一般的ですが、今回テーマに取り上げる上でのディンギーは、あくまでも足船を用途としたものに限定しますので予めご了承ください。
 航海中出合った日本艇同士で話をしていると、一度は話題になるのがディンギーについてです。国内ではディンギーを使う機会がとても少ないため、出航前にその長短所について深く考える事は皆あまり無いようです。しかし一度クルージングが始まると、ディンギーは泊地での生活に必要不可欠なまさに日常の足です。自然と関心が集まり、食事を共にする機会などがあるとよくお互いのディンギー観について語り合います。この時に話されるのは殆どが「どんなディンギーがクルージングに最も適しているか」と言うテーマについてです。私(新月)個人も自身の経験に基づいた考えを持っていますが、今回は文章の持つ情報をより客観的なものにするために、複数の航海経験者にも意見を聞いてみました。
◇ディンギーにはどのようなタイプがあるか
 ディンギーと一言で言っても、実に様々な種類があります。ここでは私が直接目にした事のあるディンギーの中から、代表的なものを幾つか挙げてみましょう。
 まずはハードタイプのディンギー。硬い材質で作られたものです。木製、金属(主にアルミ)製、FRP(強化プラスチック)製、その他の樹脂製等があります。 基本的にハードタイプは折りたたむ事ができませんが、近年樹脂製品の中には二つ以上に分解可能なものもあるようです。
 次に、ソフトタイプのディンギー。ハードタイプに対してソフトタイプと言う書き方をしましたが、一般にはインフレータブル(膨張式)ディンギーと呼ばれています。インフレータブルディンギーには色々な材質がありますが、PVC、ハイパロン、その他新素材製の物もあるようです。また材質とは関係なく、船底が軟らかいソフトボトム、硬いハードボトムの2タイプに更に分けられます。
 最近になって、樹脂製(おそらくポリプロピレン)のハードディンギーにインフレータブルのチューブを巻きつけた、ソフトともハードとも言いかねる製品を船具屋で見かけるようになりました。ただ実際にクルージングで使っているところはまだ見たことがありません。
 この他、4、5枚の薄い金属製?の板を繋ぎ合わせる組み立て式のハード?ディンギーを何度か見かけました。また、カヤックやサーフボードをディンギーの代わりやスペアとして積んでいる船もあるようです。
◇ハードディンギーの長所と短所
 ハードディンギーには前述したように色々な材質のものがあります。伝統的な木製、頑丈で比較的軽量なアルミ製、量産が容易なためやや安価なFRPやポリプロピレン等の樹脂製です。平底からU字型、V字型の船底を持つもの、カタマランタイプなど、形も様々です。
 さて、それではハードディンギーの長所や短所について考えてみましょう。
 ハードディンギーがインフレータブルタイプに対して圧倒的に優れているのはその耐久性です。これはどんな材質で出来ていようと、インフレータブルディンギーと比べる限りにおいてはおそらく例外がありません。岩場や牡蠣の群生する岸壁に寄せても、サンゴ礁の浅瀬に乗り上げても、まず大きなダメージを受ける心配は無いでしょう。更に、紫外線による劣化もソフトタイプに比べれば随分とゆっくりしたものとなるでしょう。また船型にもよりますが、一般的にインフレータブルのディンギーより直進性に優れていると言われています。
 では、短所にはどのようなものがあるのでしょうか。一番に言われるのが収納性の悪さ、ついでかなりの重量があると言うことです。ハードディンギーはその名の示す通り硬い材質で作られているため、折りたたむ事ができません。これは沿岸はともかく、外洋へクルージングに出かけるヨットには無視できないデメリットと言えます。時化て大波を食らう事などを考えると出来る限りデッキには何も置きたくないのですが、かなり大きな船でない限り、2メートルから3メートルもあるディンギーをそっくり船内に置く事は出来ません。結局マストの前か後ろに伏せて固定するしか選択肢が無く、波がデッキを洗うような天候下では不安な思いをする事になるでしょう。しかし最近では分解収納が可能なタイプもあるようなので、船内に置くという選択肢が全く無い分けではありません。
  二番目の短所は、インフレータブルに比べるとかなりの重量があると言うものです。重いと言う事は、デッキへの上げ下ろしに苦労すると言う事です。特にシングルハンド(一人乗り)の場合はデッキやディンギー、そして自分自身を痛めないような幾つかの工夫が必要で、 もしとても上手な方法を見つけられたとしても、やはりかなり時間のかかる作業になると言うことを理解すべきでしょう。砂浜にランディングしたとき等に、波にさらわれないようやや高い場所まで引っ張っていくのにもかなり骨が折れるでしょう。 おそらくしっかりとした作りの木製タイプが最も重く、念入りに積層されたFRP製もかなりの重量があるでしょう。 アルミや中が中空の樹脂製品はそれほど重くは無いと思われます。
  次いで、一部の浮力体を持つタイプを除き、転覆時や大雨などによる満水状態だと沈没してしまう事があると言うのも、インフレータブルタイプでは殆ど考えられない事です。木材は水よりも比重が軽く浮くと思われがちですが、FRPで補強してあったり、船外機を載せている状態だと場合によっては沈んでしまうでしょう。アルミ製は船外機無しでも沈んでしまうと思われます。樹脂製も防水隔壁や中空構造が無ければ同様です。夜間船尾に舫っておいたら何時の間にか大雨が降り、目が覚めたら沈んでいたと言う話もたまに耳にします。
  また、カタマランタイプやトリマランタイプは例外ですが、一般的にハードディンギーは不安定です。私は以前に自分で木製のディンギーを作ったことがありましたが、それを浮かべて試乗してみたところあまりの安定性の悪さに大変驚きました。これは良く考えれば当然のことで、インフレータブルディンギーは舷側に当たる部分イコール空気室という構造なので、例え片側に全ての体重を預けたとしても転覆したりはしないのです。 一方ハードディンギーはお椀を水に浮かべたようなもので、片舷に体重をかければすぐにひっくり返ってしまいます。慣れればどうと言うこと無いのかも知れませんが、クルージングで使った経験の無い私には何とも言えません。
◇ソフトボトムのインフレータブルディンギー
 インフレータブルのディンギーには先にも書いたように、船底が硬い材質で出来たものと軟らかいものの2タイプがあります。ソフトボトムタイプは船底部分の材質がラバー製で柔らか過ぎまともに立つ事もできない為、通常木製やアルミ製の底板をはめ込んで使用する設計になっています。底板そのものがチューブと同材質の膨張式であるエアマットタイプも一般的になってきました。これらの底板の下にはやはり膨張式のエアキールがあり、膨らませると船体の強度と直進性が若干向上します。
 ソフトボトムは空気室のエアを抜いて底板を取り外せば完全に折りたためるのが最大の特徴です。ハードディンギーはもちろん、ハードボトムのインフレータブルディンギーと比べても、断然収納性に優れています。完全に空気を抜いてロール状に巻いていけば、大きめのバッグ程度まで折りたたむ事が可能です。容易にキャビン内へ持ち込む事ができるので、外洋を走る事が前提の場合はとても重宝します。
 またソフトボトムのインフレータブルディンギーは様々なタイプのディンギーの中でおそらく最も軽量でしょう。舫いロープを使って一人でデッキに引っ張り上げることができます。全体がラバー製なのでディンギーもヨットも傷つけずに作業が可能で、人間も怪我の心配がありません。しかしスタンションに引っ掛けるとたまにディンギーに穴が開いたりスタンションが曲がったりするので、注意が必要です。
 ハードディンギーのところでも書きましたが、インフレータブルディンギーは非常に安定性が良いです。これはほぼ平面の船底を持っていることと、何と言っても船首や船側の構造物であるチューブが浮力体そのものだからです。海で泳いだ後など、片舷からディンギーによじ登ったり出来るのもインフレータブルならではです。ハードディンギーでこれをやると、転覆して悪くすると沈めてしまうので気をつけましょう。
 インフレータブルディンギーの短所は、その材質が故の耐久性の無さです。ハイパロンにしろPVCにしろラバー製なので岩や牡蠣などに引っ掛けるとすぐに穴が開いてしまいます。特にソフトボトムタイプのディンギーは船底もラバー製なので、干潮時に岩や石がごろごろしている岸辺にランディングする時など、結構注意していても穴をあけてしまう事があります。しかし船底に穴が開いたからといって、沈んだりはしないので心配はいりません。何故ならチューブそのものに十分な浮力があるので、大人二人くらい乗った状態で水舟になってもまだ浮いていられるからです。でも当然人間や荷物は水浸しになるので、決して楽しい事にはならないでしょう。また、チューブを岩などに引っ掛けて空気漏れが発生しても、やはり急に沈んだりはしません。よっぽどの粗悪品で無い限り、インフレータブルディンギーの素材は多重構造になっており、簡単には貫通しないのです。空気はゆっくりと漏れていきますが、ヨットや陸地に辿り着くくらいの間は十分浮いていられるでしょう。ただ大穴が開いたときには一気に空気が抜けてしまいます。この事を考えると、最低限二つ以上の気室に分かれているディンギーを選ぶべきでしょう。
 また、インフレータブルディンギーは紫外線に弱く、何年も使っていると表面からだんだん破壊されてきます。ハイパロンはPVCに比べると随分強いようですが、製品によっては素材が薄いために弱い物もあるので、単にハイパロンだから長持ちすると言うわけでも無いでしょう。とにかくディンギーは外洋の航海中を除けばほぼ毎日使用しますので、年がら年中日差しを浴びています。そして同様にほぼ毎日使用しますので、ちょっとずつですが日々確実に疲弊していきます。私が使用していたのは昔運動靴など売っていた某メーカーの廉価版でした。これは黄色とグレーのツートンカラーで、一応ハイパロン製と謳われていたものです。しかし黄色の部分が2年目くらいからどんどん劣化し、表面のコーティングがはがれて空気漏れをする部位が何箇所か出てきました。そして3年目にはほぼ使う度に、すなわちほぼ毎日修理をして、なおかつ足踏みポンプを常に携帯しないとまともに用を足せなくなりました。最後には黄色い部分が日焼け後の皮膚のようにぼろぼろはがれてきて、修理不能になり破棄しました。たまにしか使わないならともかく、毎日使うものなので多少出費がかさんでも良いものを買っておくべきだったとこの時思い知りました。チューブ部分を覆う紫外線よけのカバーを着けて使用しているクルージング艇も、数多く目にしました。なお、ケブラー等の新素材については、残念ながら知識や情報がありません。
◇ハードボトムのインフレータブルディンギー
 ハードボトムのインフレータブルディンギーは、多くのクルージング艇が採用しています。V字型の船底を持つのが一般的で、少し大きな船外機を載せていれば非常に快適に滑走します。よく見かけるのはFRPの船底を持つタイプで、これはエアチューブが接着されており着脱は不可能です。アルミ製の船底を持つタイプもあり、なかには空気室を着脱できるようにデザインされているものもあります。チューブを船底パーツに取り付ける部分はセールで言うところのボルトロープと同じ仕組みですが、長い期間使ってそこが痛んで駄目になってしまわないのか、やや心配な気もしました。
 ハードボトムを持つインフレータブルディンギーの長所と短所は、船底部分に関してはハードディンギーと、チューブ部分に関してはソフトボトムのインフレータブルディンギーと、それぞれほぼ同じです。それらが合わさった結果として、収納性や重量、航行性、安定性等に関し、双方の中間と言えるような性格を持っています。
 まず収納性ですが、船底部分はたためないので大きな船で無い限りキャビン内に入れるのは難しく、外洋を走るときはチューブのエアを抜いてデッキに置く事になるでしょう。ただハードディンギーよりは小さく、そして平たくした状態で置けるので、上手に固定すれば波を被った時の影響は少なくて済むと思われます。チューブが取り外せるタイプであれば、より収納性は高くなるでしょう。
 重量に関しては、ハードボトムタイプはソフトボトムのインフレータブルとハードディンギーの正に中間と言えます。FRPの船底部分はそれなりの重量を持ちますので、ハリヤード等を使わないとデッキに持ち上げるのは難しいでしょう。ただソフトボトムのインフレータブルが吊り上げや牽引用のアイやベルトをチューブ上に持つのに対し、ハードボトムタイプはそれらを硬い船底部分に取り付けることが出来ます。これはチューブに対する付加やダメージを随分軽減する事になるので、一つの大きなメリットと言えるでしょう。特に泊地において夜間ディンギーを吊っておきたい人にとっては良いのではないでしょうか。
 底が丈夫なのでハードディンギー同様石がごろごろしているような岸辺にランディングしても、サンゴ礁の浅瀬に乗り上げてしまっても大丈夫です。ただチューブ部分が当たらないようには気をつける必要があります。牡蠣の沢山ついた岸壁や岩場に干潮時に接岸する事は避けましょう。
 ソフトボトムのインフレータブルディンギーでも、海が穏やかなら船外機の大きさや乗る人数などの条件次第で滑走は可能です。ハードボトムともなると、多少波が高くても人数が乗っていても快適に滑走できる場合があります。クルージングに使用すると言う観点でディンギーを大きく「ハードディンギー」「ソフトボトムのインフレータブルディンギー」「ハードボトムのインフレータブルディンギー」と分けたとき、ハードボトムのインフレータブルディンギーが持つ特性で他の2タイプに対して明らかに優れているのは、その航行性能だと思います。場所によってはアンカレッジから陸地まで1キロ以上もディンギーで移動しなければならない場合もあり、そのようなところでは滑走可能なディンギーはその威力を最大限に発揮します。ハードディンギーには様々な船型があって必ずしも全てが滑走できると言うわけではありません。それに対してハードボトムを持つインフレータブルはほぼ全てが滑走可能に設計されています(※しかしそれには少し大きな馬力の船外機が必要なはずですが、では具体的に何馬力以上を積むべきなのかは情報不足で言明出来ません)。ちなみに私はずっとソフトボトムタイプに5馬力の船外機を載せて使っていました。初めのうちは波が無ければ二人乗ってもプレーニング(滑走)しましたが、前述したとおり途中から常に空気漏れ状態になったのでボートの強度が足りず、後半はとろとろとしか走りませんでした。
 ハードボトムは一般的にV字型の底を持つため、ソフトボトムに比べれば多少安定性を欠きます。しかしやはり両舷が浮き輪のように浮力を持っているため、ある程度まで傾いてもひっくり返ったりはしません。この点においては、ハードディンギーとソフトボトムのインフレータブルの中間と言うよりは、よりインフレータブルディンギーとしての特性を強く持つと言えるでしょう。
◇次に買うとしたらどんなディンギー?
 さて、実際に海外を航海したヨットは、どんなディンギーを積んでいたのでしょう。今回5艇の皆さんからご意見を伺う事ができましたが、私を含めて6艇が全てソフトボトムのインフレータブルディンギーを積んでいました(1艇は道中でアルミ製のハードディンギーを手に入れ、以後はそれを使っていたそうです)。これらの殆どは長距離クルージングに初めて出かける、その準備段階において選んだものと言えます。選んだ理由としては皆第一に収納性を挙げています。6艇は一番大きくても40feetを少し超えるくらいのサイズのヨットで、どの艇もデッキ上にディンギーを置いて外洋を走ると言う考えを、出航前の段階では持っていなかったようです。二番目以降の理由としては重量を上げる艇が多かったですが、航行性や耐久性をあげた人もいました。私個人で言えば外洋では船内に置く事しか考えていなかったので、ソフトボトムのインフレータブルしか選択肢はありませんでした。収納性を一番の理由としたとも言えなくもありませんが、ようは初めから選ぶ余地など無いと思い込んでいたのです。
 では、同じようなクルージングをするとして、新たにディンギーを買うとすればどのようなタイプを選ぶべきでしょうか? この件に関して質問をしてみた結果ですが、皆さん殆どがやはりソフトボトムのインフレータブルを選ばれるそうです。またラバーチューブを取り外せるタイプのハードボトムタイプか、分解可能なハードディンギーと言う意見もありました。私もやはり同意見で、ソフトボトムのインフレータブルか、さもなければ分解可能なハードディンギーが良いのではと思います。理由は皆さん一様に収納性を第一に挙げており、各艇この条件を最重視している事がわかります。ハードディンギーにはとても良い面が沢山あり私もそれが使えたらどんなに良いかと何度も思ったことがありますが、やはりシングルハンドやダブルハンドでの上げ下ろし、デッキ上での置き場所や置き方等を考えると、選択肢から除外せざるを得ないと言うのが現状です。しかし外国艇の中にはさして大きくないヨットに普通にハードディンギーを伏せて載せている人を見かけたりします。昔はインフレータブルなど存在せず誰もがハードタイプを使っていた事を考えれば、もちろん全然不可能な事ではありません。個々のポリシーや気の持ち様によって、ハードディンギーを選ぶ人も沢山いるでしょう。
 私は先にも書いたように、次回もしクルージング用にディンギーを買うなら、前回同様ソフトボトムのインフレータブルタイプを買うでしょう。やはり外洋を走るときに船内に置きたいので、この選択になります。またソフトボトムだと軽いのでショートハンドでの取り扱いが楽なのも、理由の一つです。ハリヤードを使わなくても一人でデッキに引っ張り上げられます。しかし同じソフトボトムのインフレータブルディンギーとは言っても、前回のような廉価製品は、絶対に選びません。ヨットの大きさや乗員数によってディンギーの大きさも変わってきますが、どんな大きさのディンギーを買うにしろ、そのサイズの最も頑丈そうな製品を探して買うようにします。先述したように私のディンギーは2年目以降どんどん劣化し、3年で完全に使い物にならなくなりました。インフレータブルディンギーを選べば、必ず何処かで穴が開き修理をしなければならないでしょう。それは仕方の無い事です。しかし毎日修理をしないとディンギーに乗る事も出来ないと言うのはまったく別の話です。また常に空気漏れしているので強度が足りず、殆ど滑走しなくなるし波が高いとディンギーそのものが「く」の字に折れて恐ろしいし、盗難防止などの理由で日常的に吊り上げておく事も出来ません。航海も後半になるとだんだん経済的にも不安になってくるので、もし新しいディンギーが必要になっても高額商品の購入には抵抗があります。その点出航前ならある程度まとまった予算がまだあるし、少し余計に出費してしまっても後の調整で何とでもなります。安物買いの銭失いとはよく言ったもので、どんなタイプのディンギーを選ぶにせよ必ず信頼性の高いモデルを買うべきでしょう。
◇日常の足としてのディンギーあれこれ
 クルージングに欠かせないディンギーですが、毎日使うものだけに運用に色々なアイデアがあります。また注意しなければならない事もありますので、幾つか紹介してみましょう。
 まずディンギーを使う場合、常に積んでおくべき装備があります。一番大事なのはオールです。これを忘れると、場合によっては命に関わります。普段は船外機を使っていれば、オールなどめったに必要にはなりません。しかし船外機は長く使っているとトラブルを起こすこともありますし、うっかり燃料が切れたりしたらもうどうやっても回りません。こんな時にもし岸から沖に風が吹いていたとしたら、オールが無ければそのまま外洋に流されていってしまうでしょう。実際そうやって亡くなってしまった人も、少なからずいると思います。オールを忘れてはいけません。また滅多に無い事かも知れませんが、ある艇は買って3年のアルミ製のオールが、漕いでいる時に折れてしまったそうです。強風下にエンジンが止まり、必死に漕いでいる最中にそんな事になったら悲惨です。が、えてしてトラブルとは重なるものなので、オールの柄はたまにチェックした方が良いでしょう。
 それから、アカ汲みも積んでおきましょう。雨や波、そして船底の穴などから、水は常に船内に溜まります。沢山溜まっていれば運行前に、少量なら運行しながらでも汲みだせるでしょう。
 船外機を載せている場合、予備の燃料を積んでおくと良い場合もあります。特に燃料タンクと一体型の船外機の場合、タンクの容量はそう大きくありませんので、岸までの距離がある場合、また遠出をする場合など、予備燃料を積んでおくと安心です。2サイクルエンジンの場合は、オイルを予め混合しておくと便利です。
 ディンギー用の小型アンカーとロープを積んでおくのも、一つのアイデアです。強風下で船外機が止まってしまったときなど、水深がある程度浅ければ船を流されずにとめておく事ができます。船外機を修理したり燃料を補給したりも出来ますし、誰かが通りがかるのを待つ事もできるでしょう。
 ライトやトランシーバーを積んでいたという船もあります。これら全てを積むと結構な重量になり場所もとりますので、状況によって載せたり載せなかったりを判断すれば良いと思います。私(新月)の場合はディンギーにクーラーボックスを積んで椅子代わりにし、その中に予備燃料、アンカーとロープ、飲料水を入れていました。オールはディンギーに取り付けるタイプで、アカ汲みは四角いペットボトルを半分に切ったものを1、2個転がしておきました。クーラーボックスは我ながら悪くないアイデアだと思っていますが、丸ごと盗まれないかどうかが心配です。結果的には一度も持っていかれてしまったことはありませんでしたが、単にラッキーなだけだったのだと思います。クーラーボックスが半壊寸前のぼろぼろだったのも幸いしたかも知れません。
 夜間ディンギーをヨットに舫っておくと、船外機を盗まれたり、ディンギーごと丸々持っていかれてしまう危険があります。船外機の盗難を防ぐためにも、また転覆時に船外機だけ沈んでしまうのを防ぐためにも、船外機はディンギーにしっかりとロープや自転車のチェーンロック等で結び付けておきましょう。盗難防止の対処としては、ディンギーをハリヤードでヨットのデッキの高さくらいまで吊り上げたり、ヨットのデッキに上げていた艇もあります。ディンギーを釣る場合、水抜き用の栓を外しておくと夜間雨が降っても大丈夫だそうです。バウを少し高く吊るのがコツらしいです。 逆にドレンコックの無いディンギーを吊っておく場合、夜間の大雨には注意が必要です。
 ヨットに舫っておく場合も、大雨には注意が必要です。ハードディンギーの場合沈んでしまう事があります。ある艇は強風下でアンカリング中、舫っていたディンギーが風にあおられて転覆してしまった事があるそうです。このような場合、ディンギー内に水タンクなどを重石代わりに置くと効果があるかもしれません。低気圧をアンカレッジでやり過ごすときなども、同様の方法でディンギー転覆のリスクが減らせる場合があります。
◇船外機について
 本当に低予算で航海をしている艇の中には、船外機を持たない人がいます。同様にとても小さなヨットで航海している人も、収納性の点から持たない人もいます。しかし例え2馬力でも、船外機は持っていた方が良いと私は思います。上陸するまでに1kmも漕がなくてはならない場所もありますし、強風のたびに流されそうになるのは危険すぎます。もちろん船外機が故障すれば漕がねばなりませんが、毎回そのリスクを負う事は無いでしょう。今回話を聞いた船の中にも船外機無しで航海した人がいらっしゃいましたが、苦労されたらしく次回は必ず積むそうです。
 さて、足船としてのディンギーに載せるような小型の船外機は、皆ガソリンエンジンです。2ストローク方式と4ストローク方式の選択肢がありますが、2ストは同馬力であれば一般的に4ストよりもやや安価で軽量です。逆に4ストは同馬力であれば2ストよりも燃費が良いです。また4ストは2ストに不可欠な燃料への混合油を必要としません。どちらを選ぶかはその人の考え方次第です。
 どんな大きさの船外機を使うかは、どんなディンギーか、何人乗りか、経済性、その他色々な事情で決まります。私個人の意見としては、4人もクルーがいるなら別として、普段は一人か二人で使うと言うのなら3.5馬力から5馬力、大きくても8馬力程度でよいのではないかと思います。私は初め3.5馬力の2ストを買いましたが国内にいるうちに事故で壊してしまい、その後5馬力の新古品を見つけてもらって買いました。このモデルは重量が約20kgほどで、一人で吊り上げたり持ち運んだりするにはギリギリの重さでした。これ以上重くなると、ハリヤードやブームを使って吊らないと腰が心配です。馬力としては十分なように思いましたが、人によってはもう少し大きいものがよいと言う方もいて人それぞれです。釣りとかをするのにディンギーで遠出をする機会が多い人は、やはり幾らか大きめの馬力のほうが良いでしょう。外国艇の中には、8馬力から15馬力位のものの他に、2馬力の船外機をスペアとして持っている人達も見かけました。すごく小さな入り江にアンカリングをしていたり、タヒチアンスタイルや槍止めで岸壁などに舫っている時等、2馬力で十分な場合はその方が上げ下ろしや取り扱いが楽なのでしょう。
 燃料タンクは船外機と一体になっているよりも、別に大きなタンクから給油できるほうが望ましいと思います。私の使っていた5馬力は一体型でしたが、タンクの容量が2.5リットルしかなく何時も少し不安で予備燃料を常に積んでいました。このモデルは自分で改造しないと別タンクが取り付けられない仕様になっていたので、もし次を買うなら後付で別タンクを付けられるような製品を探そうと思います。
 先にも書きましたが、船外機とディンギーはロープやワイヤーで必ず結び付けておきましょう。インフレータブルのディンギーは軽いのでたまに風にあおられて転覆する事があります。その際に結んでいないとディンギーはともかく船外機は海底まで沈んでしまいます。浅ければ何とか潜って見つけられるかも知れませんが、深いとそれまでです。私はグアムで強い向かい風を食らいひっくり返った事があります。その時船外機を結んでいなかったために沈めてしまいました。その後しばらく風の強い日が続きサルベージが出来ず、1週間後に現地の友人に一緒に潜ってもらって水深10メートルほどの海底で運よく見つけることが出来ました。その時は真水をドラムに溜めて船外機を逆さに突っ込みじゃかじゃか洗ったり、ばらせるところまでばらしたりしたらまたまた運よく回りました。その後航海を終えるまで、多少調子を落としはしましたが最後まで回り続けてくれました。
◇まとめ
 この文章を読んでもらってもご理解いただけるかと思いますが、どんな条件にもマッチするオールラウンドなディンギーなどは存在しません。それぞれのタイプに、良いところもあれば悪いところもあるのです。扱いづらい部分は工夫して凌いでいくのもクルージングの楽しみの一つです。足船として新たにディンギーを買うならと言う前提で話を進めたために、ソフトボトムのインフレータブルがベターであるかのような内容になりましたが、もし何らかの理由でハードディンギーを既に所有していたりプレゼントされたりした場合は、それを如何に上手に快適に使っていくかに努力を傾ける事になるでしょう。クルージングにおいて試され、磨かれていくのはそう言った状況への適応能力です。
 今回ここに書いた内容が、これから航海に出るために準備中の方、新たにディンギーの購入を検討されている方にとって、多少なりとも参考になれば嬉しいです。
 最後になりますが、今回参考意見を寄せていただいた、<ひなの><花><オーロラ><サララノワール><オリハルコン>の各艇に、この場を借りてお礼申し上げます。
「新月」 Gib's Sea 414 Plus
航海時期 2002〜2005
航海エリア 横浜〜八丈島〜小笠原〜グアム〜ポンペイ〜コスラエ〜バヌアツ〜ニューカレドニア〜ニュージーランド〜トンガ〜フィジー〜ニューカレドニア〜ニュージーランド